小学生で不登校!?~大人と子どもの発達障害~

小学校2年生で不登校になり、3年生で支援学校に一時転籍、そこでひどい体験をして元の学校に籍は戻ったものの、それっきり一度も登校していない娘(現在中3)と、42歳にして娘とともにアスペルガー症候群と診断、46歳でADD(注意欠陥障害)も加わった母の道のり。

障害年金、初めてかかった病院の診察券と初診日の領収書は保管して!

社労士に初めて障害年金の申請を依頼したのが2015年3月のこと。

最初の診断書を元に申請した分は見事に玉砕。

現在かかっている発達障害に詳しい病院に診断書を書いてもらって改めて申請をしているのですが。

「初診日の証明ができません」ということでまた却下されてしまいました。


今は不服申し立て1回目。今日は社労士さんと一緒に約7年前にかかっていたクリニックまでカルテのコピーをとらせてもらいに行ってきました。
なぜそんなものがいるかというと、「初診日の証明ができないから」なんですよね。

カルテに何とか最初にかかった病院に行ったことが書いていないか探したのですが、残念ながら書いてなく、ただその時期に神経症の診断がついていたことは明記されていました。あと、当時の私が渡した病歴書にクリニック名は書いてありませんでしたが、該当する時期に通院して服薬していたことも書いてあったので収穫はあったと思うのですけど。


私みたいに30代後半~40代になってから発達障害と診断された人は、ほとんどの人がメンタルクリニックで「発達障害」とは診断されていません。神経症、パニック障害、強迫神経症、うつなど別の病名がついてその治療をしてきているのですよ。
内科にかかって「これは精神的なものだからメンタルクリニックに行ったほうがいい」と言われるケースもあります。

だけど、発達障害で年金を申請する場合、初めて精神的な原因を指摘されたところや、精神の病気であると診断された病院が初診の病院となり、いつその病院にかかったか証拠を提出しなければなりません(初診日の証明)。

でも、私の場合は初診は24歳のときで当時の病院は廃院、先生は死亡、家族も見つからないという状況で、いろいろ手を尽くしているのですがそのクリニックにかかった物的証拠が一切ないのです。

おかげで今の先生が素晴らしい診断書を書いてくれているのにまだ見てももらえない、審査の入り口でつまづいている状況なのです。


社労士の先生がこれだけは伝えておきたいと言っていたこと。

「子どものころから初めてかかった病院の診察券と初診日の領収書を一緒にして保管してください」

障害というのは後から分かることもよくあります。その原因が何科の病院になるかもわかりません。
診察券も大事ですが、初診日の領収書は大きな証拠になります。
万が一のためと思ってとっておくことを強くおすすめします。

発達ナビコラム掲載「子どもが病院を嫌がったときには代理受診を」

発達ナビにコラムが掲載されました。


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発達ナビ:子どもが病院を嫌がったときは「代理受診」を。病院とつながり続けるメリットとは?親のケアや将来の年金にも関わる!?


今回は、娘が病院に行きたがらないため代理受診を続けている体験談を書きました。

ぶっちゃけ、「不登校になったら病院に行かなくてはならない」とは私は思いません。そして「病院に行けば不登校が治る」なんて絶対に思っていません。
だって不登校は病気じゃないんですから。

ただ、自分の経験上
  • 不登校の子どもで発達障害を持つ子はかなり多い
  • 不登校になるほど落ち詰められている子どもは心身症などの精神的ダメージを受けている可能性が高い
  • 不登校期間に精神的な不調を起こす確率が高い
  • 親も精神的に病んでしまうことが多い
と感じました。

だから、私は娘の様子がおかしくなったときに児童精神科に連れていったのは正解だったと思っています。不登校を治すためではなく娘と私が楽になるために。


私は何の疑問も持っていなかったのですが、きっと先生は発達障害を早くから疑っていたのでしょう。病院にかかって間もないころと、それから2年経ってからの2回、WISC-Ⅲの検査を受けて2回目の検査でアスペルガー症候群だという診断を受けました。これも病院にかかってなかったらわからなかったことです。

精神的なダメージについてはもう早くから出ていて、小2なのに「死にたい」と言って泣くし、検査して異常もないのに腹痛が続く心身症もありました。

不登校状態が続くなかでは、進学など大きな節目に夜寝ぼけて奇妙な行動をとったり、心身症が悪化して一人でいられなくなったり、食べ物がうまく呑み込めないといった新しい症状が出たりしました。

そんなとき、相談できる主治医がいたことでどれだけ救われたかしれません。


発達障害を診ることができるクリニックに変わってからは、代理受診期間を経てついに自分から通院するようになり、安定剤を飲みながら自分の心と体にうまく折り合いをつけられるように成長しました。

学校に行きたくない君へ

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医療機関はしんどい子育てを続ける親子を支えてくれる支援機関としての一面があります。
学校との間を取り持ってくれたり、親が支えきれなくなったときに助けてくれたり。児童相談所や特別支援学校など他機関とのネットワークも持っていたりします。

障害年金の申請には病院に継続して通っていることが条件になりますし、障害福祉サービスやその他の支援とつながるきっかけにもなります。とくにソーシャルワーカーがいる病院はそのあたりが充実しているようですね。


自分や家族がつらいときは一つでも多く支援とつながっていることが大切です。
一番怖いのは自分から手を放してしまって、親子だけで孤立してしまうこと。
これはときに悲劇を招きます。

この記事が助けを求める誰かの背中を押してくれますように。

小学校の教科書、捨ててもいいかな

このごろ、二人して朝7時前に眠り、夕方前に起きるという生活を送っています。

とはいえ、私はヘルパーさんの訪問や通院、買い物などがあるので、世間様の時間に合わせるために力技で早起きすることも多いんですけどね。
そういうときは睡眠時間2時間とかで活動するので、用事が済んだら力尽きたように昼寝してますが。


ここ何日か娘と私の夕食時間が夜中の3時ごろと一致し、珍しくしゃべりながら食べてます。

今日の話は本棚の整理に始まって、ふと娘が「もう教科書捨ててもいいかな」と言ったこと。

今まで「絶対に教科書は捨てないで!!」と言っていたのでびっくりしたんですよね。
訳を聞いたら「だって高校で先生が教科書なしで教えてくれるから」って。

でもついいろいろいらんことを言ってしまいました。

私「小学校の勉強全部するつもり?」
娘「中学卒業レベルまではクリアしないとヤバいってママも言ってたやん」
私「いやでも今の通学ペースだと学校だけで勉強するのだったら間に合わないんじゃない?」
娘「今、週1回くらい頑張って行ってるやん(いやいや月2回やろと心の中で突っ込んだ)。その上家でも勉強しなきゃいけないって宿題みたいにされたら絶対精神的にやられるわ。」

うん。私の言葉の影響をだいぶ受けてしまってはいるけれど、自分の限界はちゃんと知ったうえでやっていこうと思っていることがよくわかりました。

ここで追い込んではいけない。親の目から見て「無理やろ」といくらそわそわした気持ちになっても黙って見守らないと、思春期で精いっぱい自分で立とうとしてる娘の心を折ってしまう。

これからのコミュニケーションは「引くこと」を意識しながらやっていかんとなと、心して思ったのでした。
Twitter プロフィール
42歳でアスペルガー、46歳で加えて注意欠陥障害と診断される。娘はアスペルガーで小2から中3まで不登校を通した末、今春から通信制サポート校に入学。「小学生で不登校!?」ってブログやってます。
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