小学生で不登校!?~大人と子どもの発達障害~

小学校2年生で不登校になり、3年生で支援学校に一時転籍、そこでひどい体験をして元の学校に籍は戻ったものの、それっきり一度も登校していない娘(現在中3)と、42歳にして娘とともにアスペルガー症候群と診断、46歳でADD(注意欠陥障害)も加わった母の道のり。

娘の通信制サポート校はどうして居心地がいいのだろうか

娘が通っている通信制サポート校は一学年が10人以内(1年生は6人)という小さな塾みたいなところです。中学生を中心にフリースクール生も何人かいますが、高校生と一緒にゲームをしたり話したりと完全に混じりあってる感じ。

主な教員は校長と教頭夫婦。日によって教科担当の先生も入りますが、ほとんどこの二人が生徒をみているようです。


ここにくる子たちは不登校経験者がほとんどで、他人と目を合わせるのが苦手だったり、同年代の子を怖がったりと心に傷を負った子が多いように思います。これまで大人に傷つけられ続け、すっかり人間不信の子も。

そして、不登校の期間が長かったのか学力不足で字を書くのが嫌い、そもそも勉強が嫌いという傾向もあります。引きこもっていて体力があまりない子もいますね。
そのわりに好き嫌いははっきりしていて嫌な授業には絶対に出ない頑固さもあったり(外部講師の講義とか)。

おそらく発達の凸凹があるなぁという子も多いように思います。過集中してぐったりとバテてしまったり、決まった席に座れないと落ち着かなくて機嫌を損ねてしまったり。



でも、不思議なことにみんな校長先生と教頭先生にはスッと心を開いていくのですよ。
うちの娘も初めて見学に行って校長先生と話してその場で「フリースクール行く」といったくらいでビックリしました。もちろんすぐにすっかり懐いたというわけではなく、緊張はしていましたが「この人は信頼していい」と認定したようです。

でもそれってこの子たちにとってはすごいことなんですよね。
人を信頼できない経験を積み重ねてきてこじらせてるのに、直感のようなもので「信頼できる」って見抜くって。


特に、校長先生にはなんだか魔法のような力があるように見えます。
どんな子を前にしても遠慮しないし、言いたいことを言っているように見えるんですが、その実めちゃくちゃ一人ひとりのことをよく見ているんです。そして「今彼は疲れているからそっとしておこう」「あのコーナーで生徒同士のいい関わりができ始めているから様子を見よう」「この親御さんは悩んでいるようだから声をかけたほうがいい」と次々に判断して、教頭と連携を取りながら注意深くかかわっているのです。

校長先生の様子を見たり話したりしていると、先生のまなざしの根底には生徒への深い信頼があると感じます。私に生徒を紹介するときも必ず「彼はね、こんな素晴らしいところがあるんですよ」ということを話してくれるんです。娘のことも「娘さんほんとに成長しましたね。前は1人で来てくれてね~」という風に話してくれるので親としてもうれしくなります。


そういう丁寧な関わりのおかげで生徒同士の関係もとてもいい感じです。
もともと心優しい子どもたちばかりですし、人の痛みに敏感で相手の心を思いやれる力がすごいので、新しく入ってきた子にかかわるときは注意深く、その子に負担をかけないよう、怖がらせないように上手に接してくれます。その様子はそこら辺のカウンセラーや教師なんか相手にならないくらい。

娘を見ていると、誘われたらそつなく応対して楽しんでいるようですが、まだ学校で人間関係を築くことに興味はないようで、「私はそういうこと(人間関係)に煩わされずに勉強できるからこの学校にきたんだ」と言っています。
私から見たら、小2で不登校になったとき友達にさんざん傷つけられたこと、そして一番好きな友達と相手の親の意向で引き離されたことから、人に近づきすぎることが怖くなっているんじゃないかなと勝手な推測をしてみたりするんですけどね。
プラス、アスペルガーの特性上、興味を持てない人には関心を寄せるのが難しいということもあるのかもしれないなと思ったり。
なかなか手ごわいです。


それにしても、こういう学校も珍しいと思うので引き続き見守り続けていきたいと思います。
きっと、「普通の」学校にいるのがつらい子どもたちのためのヒントが見つかるような気がして。

小4 4月 3年連続新任の先生ですか

このブログの左端にあるカテゴリ別アーカイブに「不登校の経緯」があります。
そこに娘が不登校の兆しを見せ始めた小1からの記録を綴っています。
かなりのボリュームになってきましたが、淡々と日々の出来事を書いていますので、「不登校の子どもがいる生活ってどんなものだろう?」と興味のある方はよかったら読んでみてください。
私にとっても元々家計簿の片隅につけていたこの日記はいい振り返りの材料となっています。


これは娘が小4の4月の記録です。

4月(4年生に進級)

1日(日)
カウンセリングセンターの講義へ。自律訓練法などを習ったがいまいちだった。帰りに少し都会を満喫して気分転換。帰ってすぐごはんにして大量の洗濯物を片付けたらイライラ。苦手なゴミの準備をしていたら娘に八つ当たりしてしまった。

2日
朝から掃除、洗濯でぐったりして病院へ。娘はゆきちゃんと遊ぶ。
夕方から娘を連れて友人の整体サロンに行き、その友人と娘さんと一緒に合気道教室へ。娘は先生に「『うん』じゃなくて『はい』っていうの」「背筋伸ばして」と何度も言われていた。帰りファミレスで友人親子と晩ご飯を食べた。

今月から月曜ごとに100円おこずかいをあげることにした。

3日
昼から太極拳
パソコンで内職を始める。

4日
昨日眠れず昼前に起きる。娘は友達を求めて実家へ。誰も出てこないので「帰る」と言ったが図書館に連れて行く。
接骨院でガタガタの身体のメンテをして、すぐ晩ご飯作って食べて実家で父の入浴介助。

5日
朝早くに起きて実家へ行った娘。ゆきちゃんや他の友達と遊ぶ。ゆきちゃんがいなくなってしばらくしたら「疲れたから帰る」。家では銀魂のYoutubeをみて歌ってばかりいる。昼は実家に食べに行く。パソコン内職も大変。

6日
寝坊してしまった。教育サポートセンターとカウンセリングを日にち変更してまた寝る。フィットネスが楽しい。

7日
起きたらまた胃炎。吐きそう。下痢。食べられない。一日寝込む。

8日
不登校の会を泣く泣くあきらめて寝込む。でも洗濯はする。夜仕事もする。買い物してたら死にそうになった。

9日
まだしんどい。朝、病院で診てもらう。また胃炎。昼からカウンセリング。
帰ってすぐ学校へ顔合わせに行く。今年も新任の先生。もういいよ。

10日
起きてから掃除した。娘にトイレ掃除してもらう。教育サポートセンターに行く前に女性センターに本を返しに行き、中古ゲーム屋巡りと買い物。娘もだいぶ外出に耐えられるようになったと思う。

11日
夕方、学校の先生が来る。喜んでゲームなどを見せる娘。先生方は「定期的にきてふれあえたら」と言っていた。

12日
寝ている娘をおいて趣味の講座に行き帰りは買い物。いろいろ見て楽しいが疲れる。
娘は起きたてで風呂に入るというので、風呂足したり、ごはん作ったり、仕事したりとバタバタ。
そろそろゆっくり寝たい。娘が夜中でも話しかけてきて眠れないから。

13日
ジムに行く。帰って学校に書類届けに行き、実家に寄って父にMP3プレーヤーの使い方を教える。機械の使い方を根本から忘れてしまったようで何度も教える。機械マニアだったのに認知症は悲しい。

14日
このごろ4時頃眠り、起きる時間はいろいろな私。14時に起きて夕方図書館へ行き、帰ってすぐに娘と矯正歯科へ。「帰りにゲーム屋さんへいきたい」というので中古ゲーム店まで行ったら、高い銀魂のゲームを手に取ってじっと見ている。「高いし無理」というと「じゃ帰ろう」と言ったのでキレる。「また近いうちにレンタル返しに来なきゃいけないのに無駄足踏まされた。でもこうしてキレたらまたお母さんが悪いってなるんだよなー、くそっ」など言ってしまい娘に「ごめんなさい」と謝られる。もうつらい。

15日
娘がが起きる17時までのんびりと寝たり、本を読んだり。平和な一日。

16日
いったん11時に起きたら頭がグルグルする。なんかあかん感じ。
娘が「合気道、身体痛いし、ずっと座ってなあかんし、厳しいしイヤや。でもAちゃん悲しむし」もう少しやってみるって。でも今日は休む。
なんかイマイチ明るい展望が見えないような。

17日
娘の生活リズムが乱れ、私も巻き込まれる。
なのに、私の肉を見ながら「痩せる方法ないかなぁ」というのでまたキレてしまった。0時に目覚めて寝むれず3時に起き出して仕事して風呂入れる。顔がかゆい!

18日
学校の先生が来る。娘普通に対応している。

19日
一人で学校へ検尿を出しに行く。一度帰ってから娘と一緒に美容室や役所に行き行きつけのカフェに寄った。

21日
頭痛くて13時ごろまで寝てた。昼カップ麺食べて掃除して、娘を風呂に入れてってやってたら私キレる。「キレられたらいややろ。ママやめてって言ったら」「でももっと怒るかもしれんし、怖いもん」。
夜は実家に行き母の留守を守る。拒否した娘は自宅で待っている。

23日
朝Rちゃんよりお誘いがあって、昼ごちそうになって遊びに行くことになった娘。途中でRちゃんが機嫌を損ねて部屋に入れてくれなかったので、体一つで実家まで帰ってきた。連絡を受けて荷物と自転車取りに行く私。娘は別の友達たちとご機嫌で遊んでいる。しかし帰ってから「気持ち悪い」と何も食べず「疲れた」と寝てしまう。

24日
私は朝方に寝たのに7時くらいに娘に起こされ、眠れず起きることに。ゲームソフトをなくしたと騒ぐので、Rちゃんのお母さんに自分で電話させて、そのあと思いっきり叱った。
むかつくまま太極拳行って、カウンセリングいって、診察受けて(何度もグルグルめまい)実家でゲーム探して、持っていき忘れたレンタルDVD返してと気が狂う一日だった。やっと夜眠れた。

25日
8時に起きれた!掃除してたらソフト、娘のカバンかけのそばの床から見つかる。
学校より電話、心臓検診のために学校に行かなければいけないと勘違いした娘、パニックに。「気持ち悪い、イヤ」。
昼、実家で父にご飯を食べさせ、教育サポートセンターへ。先生に「心理士の先生と関係できていけそうなら生活リズムが乱れていても適応指導教室に入室できる」といわれた。

26日
アロマ教室のあと買い物。娘頭痛いと昼寝。夜仕事して今月分を納品する。

27日
朝8時に起きて娘と通っていたところと違う小学校に心臓検診に行った。びっくりするほど他所の学校は平気。それから私は昼過ぎまで寝てしまう。二人で買い物。
どうやら娘は私が隣でゲームしてるとよく眠れるようだ。

28日(土)
頭が痛くほぼ一日寝ていた。

29日(日)
どうしても朝起きられない。実家から5回くらい電話あり。母の外出が長引いて不安になった父からだった。晩作って私一人で空手に行く。すごいぞ、おもしろいぞ。
娘「ママ起きへんし、自分で料理しようかなー」って。申し訳ない、でも起きられない。

30日
16時まで起きられへんかった。頭痛。
娘はこのころはアニメに夢中。



4年生になってどんな先生が担任になるかと思ったら、2年、3年に続いてまたしても新任の先生。学校はもう娘のケアをする気はないんだなと思いました。もう登校を促してくることも全くなくなっていましたし、プリントなどもすべてお断りしていたので、学校と縁が薄くてもいいんですけどね。でも生徒のひとりなわけですし、本人は先生との交流を嫌がっていないしむしろ望んでいたので、もうちょっと働きかけがあってもいいのではと思いました。私からもちゃんとそのあたりの要望を言えばよかったと今では思います。

私は娘の無茶苦茶な生活リズムに引きずり込まれ、とても苦しんでいました。しかもすぐ近くの実家の父の認知症が進行し手伝いが必要なときがどんどん増えてきていました。それでも「自分のための時間を作らなくては!」とジムや習い事をしていましたが、これだけ身体の調子を崩しているような状況では、それよりなんとか身体を休める機会を作ったほうがよかったかもしれませんね。
それでも、一人で外に出ているひとときは現実から離れられてメンタル面ではよかったですけれど。

またそんな時に限ってふとしたご縁で在宅でライターの仕事をすることになりました。
これは長く続いたのですが、ほとんど稼ぎにはならなかったけれど「仕事をしている」ということがうれしかったです。


娘は友達と遊ぶことと、ゲーム・DVD鑑賞で元気を保っていました。一番楽しみにしてたのはやはり一番好きな友達ゆきちゃんと遊ぶことでしたね。娘は特定の友達に執着するところが幼少のころからあり、その子と遊べるかどうかがメンタルに直接結びつくのです。
それがはっきりとわかるようになるのはもう少し先の話。


誕生日

今日は娘の16歳の誕生日でした。

ちょっと前まで「抱っこ、抱っこ」とへばりついていたような気がするのに、ちょっと前まで苦しそうに「学校行かれへんでごめん」って泣いていたような気がするのに、本当に早いなぁ。

この一年で、案外軽やかに通信制サポート校に進学を決め、中学卒業というイベントも自分の気持ちを第一に乗り切り、自分の体調や心身からのサインを読み取って、それに合わせて無理せず動くことを覚えました。

持ち前の冷静な観察力も冴えわたり、思春期らしく親の私のことも冷静に見ることができるようになった娘の言葉にハッとさせられることも増える一方です。もう勝てる気がしません。勝てなくていいけど。


今日は娘の好きなお取り寄せの高級ピザを食べてささやかなお祝い。
プレゼントはなかなかお高いゲームソフト。
どれを買ってもらうか、どれは自分で買うか計画的にやっているようで大したものです。

これからの一年はどんな成長を見せてくれるのかな。
楽しみにしています。
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42歳でアスペルガー、46歳で加えて注意欠陥障害と診断される。娘はアスペルガーで小2から中3まで不登校を通した末、今春から通信制サポート校に入学。「小学生で不登校!?」ってブログやってます。
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